「とまと」の無意味で根拠のない空想話>第7回 - オセロ理論
とまとに手紙
 
 
2013/01/15 更新
 
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        「 と ま と 」 の 無 意 味 で 根 拠 の な い 空 想 話


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  無意味で根拠のない空想話・第7回
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『オセロ理論』

 

空想話の第7回。今回は『オセロ理論』です。
「理論」と一応言ってますが、これは理論ではありません。
漠然としたイメージです。

 

第1回 『死ぬことよりも怖いこと』
ぼくはこの住んでる世界
生きてる者や、死んでる者、すべてを含むこの世界を
体育館に例えました。
人間、くじら、リスザル、すずめ、さくら、タンポポ、湖、亜鉛
いろんなものがごちゃごちゃっと存在している世界です。
舞台の上が生の世界で
下が死の世界でした。
ここではそれら1つ1つの中に入った話をします。

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ひとまずここはわかりやすく、人間界でいきましょう。
ぼくはこの人間界を
「オセロ」と思うときがあります。
8×8。正方形の64マスのあれです。
普通に白と黒があって
ペタンペタンと返ります。
いろんな色があるのですが
ひとまず2種類、白と黒でいきましょう。

 

白は「○」と仮定します。
黒は「×」となるでしょう。
「○」「×」とは何でしょう。
別に何でもいいのです。
○。白いもの。きれいな心。まわりを幸せにする人。
×。黒いもの。汚れた心。まわりを不幸にする人。
まあそんな感じでしょうか。

 

ちなみにこのオセロ盤は
ゲームでやってるオセロのように
黒を白と白ではさんで
返すわけではありません。
白も黒も自分たちで
勝手にペタペタ返ります。

 

オセロ盤は時代によって
その状況が変わります。
白が60。黒が4。
白が14。黒が50。
ペタンペタンと返りながら
時間はどんどん流れます。

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ここに白の人がいます。
わたしは世界を白にしたい。
となりをペタンと白にします。
あー、わたしは白になりたい。
自らペタンと返ります。
ここに黒の人がいます。
暴力的な思想や行動。
自分のまわりの白いオセロを
どんどん黒に塗り替えます。
これがぼくのイメージです。
何の根拠もありません。

 

もし仮に
白が64。黒が0。
真っ白の世界が出来たとします。
ぼくはこれが
どうにも気持ちが悪いのです。
わーー!真っ白!!ええっ!?ってなります。
これはぼくが黒だからでしょうか。
でも逆に
白が0。黒が64。でも
やっぱり「うわーーー」と思います。
この「うわーーー」は
真っ黒だ!ドロドロだ!!の「うわーーー」ではなく
制圧しちゃった!1色だ!!の「うわーーー」です。

 

根拠もなく、データもなく
だからまあ『根拠のない空想話』なんですが
ぼくはこのオセロ盤は
白が優勢になったり
黒が優勢になったり
その変化が大事というか
一番上手く機能してる状況なんじゃないかなあと
ひとりで勝手に思っています。
バラバラバラ〜〜〜と白が増えて
バラバラバラ〜〜〜と黒が増える。
それが一番「安定」しているように思うのです。
何のための「安定」か。
これは、今ここで書けば飛躍するかも知れませんが
「体育館が存続するため」の安定というか流動です。
現時点では9章あたりで書こうかなと思っています。

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さて、このオセロ盤で
白がどどーーーっと増えていったり
黒がどどーーーっと巻き返すには
白も黒も必要です。
しかしこの白の人は
世界を白に、真っ白にしよう!と思っています。
それが理想だ!と思っています。
64マス、白にするのを目指しながら
日々ペタペタと変えていきます。
この「すべてが白になれば平和だ!」という思想は
正しいかどうかは知りません。
でもこの意識、この思想があるおかげで
白がどんどん増えるのです。
黒が席巻しているときも
なんとか踏みとどまれるのです。

 

一方、黒の人たちは
どんな人たちなのでしょう。
戦争をする人たち。
犯罪を犯す人。
まわりの人を悲しませる人。
ずっと「人」と言ってますが
「人」は「意識」とも言えます。
何にでも当てはまります。
「よし!黒くしてやるぞ!」
と思ってる人は少ないでしょうし
おそらくは本人も気が付いていないところで
黒を増やすようなことをやってるのかも知れません。
『ミツバチ理論』や『戦争』で
人間界で「×」なものも
上では「○」になり得る、と書いた
ぼくも黒かも知れません。

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色は4色かもしれません。
10色あるかもしれません。
「白も黒も気にくわんわ、俺はちがう」という人たち
そういうことに無関心で、傍観しているような人は
緑色かも知れません。

 

白と黒でもこれだけ流動してるのですから
色が10種類になれば
より混沌とするでしょう。
白と黒ならモノクロですが
色の種類が多くなると
全体としてカラーとなります。
より広い枠のなかで流動するということです。

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色がどんどん増えるほどに
オセロ盤の上の変化は
無数、無限に広がります。
何色にでも、どんな絵にもなれるというのは
つまりは
「安定する」ということではないでしょうか。
何にでもなりえる。
対応できるということです。
そしてこの「安定」を生み出している、その源は
白と黒があること。
お互い相容れないけれど
それでも
白と黒があること。
黄色もあるし、緑もあるし、青もあるし、オレンジもある。
いろんな色がある、というのが条件となっているのです。
いろんな色とは「違い」です。
第3回 『神の領域』

 

もっとあとの空想話でも書きたいと思ってますが
この世の中のあらゆるシステムは
こうやっていろんな「違い」を抱えながら
混ざり合ってる状態が
あえて作られていると思ってます。
「思想の違い」「人種の違い」「性別の違い」……
あらゆる「違い」で混沌としている状態を
あえて宇宙はつくっている。

 

と、最後のほうで書いたのですが
あれはここに繋がります。
男と女の区別がないと
色の要素が1つ減ります。
言語の違いがなかったならば
色の要素が1つ減ります。
人種の違いがなかったならば
色の要素は1つ減るし
思想の違いがなかったならば
やはり要素が減るのです。
どんどん色はモノクロになり
そして仮に
1色しかなかったならば
色の変化はありません。
なので「違い」は、オセロ盤では
重要なことと言えるでしょう。
「違い」があるから、変化する。
変化するから、安定する。

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さてこれで第7回の
『オセロ理論』は終わりです。
1つ補足しておきましょう。
さっきの「違い」についてです。
人類の歴史を見ると
この「違い」というものは
多くの不幸や争いの原因となってきました。
わかりやすいもので「宗教」があります。
宗教の違い。
砕いて言えば、思想の違い。
ここにA教とB教があります。
A教とB教。
ここでバッタリ出会いました。
歴史をひも解いてみると
お互い「違い」を受け入れません。
A教はB教を
B教はA教を
いろんな形で攻撃し
相手を征服しようとします。
これはまさにオセロのようです。
白は、黒を白くしたいし
黒は、白を黒くしたい。
相手の数を減らしながら
自分の数を多くしたい。
どこでも見られる光景です。

 

一方、近年
「いろんな違いを受け入れよう」というようなことが
いろんなところで言われています。
ぼくもそれはそうだよなあと思いますし
日常の生活では
たとえ、いろんな違いがあっても
あんまり深く関わりません。
そこに興味はないからです。
しかしこの「お互い受け入れよう」というのは
オセロ盤の世界で言えば
どういうことになるのでしょうか。

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白と黒が出会いました。
これまでならば
白は相手を変えたがります。
黒も増殖しようとします。
しかし
「お互い、違いを認め、相手を受け入れる」ということは
白は黒に「黒のままでいいんだよ」と
黒も白に「白のままでいいんだよ」と
お互いペタンと返りません。
つまりは流動しないのです。

 

流動しないということは
オセロ盤が白一面
オセロ盤が黒一面と
言ってみれば同じです。
変化・流動していないため
「安定」していないのです。

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そういう視点で見つめ直すと
A教はB教を
B教はA教を
征服しようと画策するのは
人間界では「争い」であり
「×」と思われがちですが
オセロ盤で見てみるならば
「流動」「○」とも言えるのです。

 

では一方
「相手を変えようとしない、受け入れる」という考え方は
人間界では「○」だけども
オセロ盤では「×」でしょうか。
オセロ盤では「×」とも言えます。
しかしこの
「相手を受け入れる」という視点
そういう思想、考え方を
これまで存在していなかった
白色でも黒色でもない、緑色だと捉えるならば
1色増えるとも言えます。
これは飛躍してるでしょうか?
ぼくにもちょっとわかりません。
しかしこれを総括すると
白色と黒色がある。
白色も黒色も
オセロ盤を流動させる、安定させる要素であるので
白も黒も必要となる。
そして白が黒を返す
黒が白を返したがるのは
オセロ盤を流動させる、安定させる行為となるので
ある意味健全とも言える。
そして「お互い認め合う、相手を変えない」考え方も
緑が出来たと考えるなら
オセロ盤に色が増える
種類が増える
混沌となる
変化の要素が増えるわけで
安定しやすくなる訳だから
これも良しということになる。

 

つまりは
「白色」も「黒色」も
「相手を征服したがる心」も
「違いを認める考え方」も
すべてが良し
オセロ盤の安定に繋がっている、ことになる。
これがぼくが考えている『オセロ理論』の結論です。

 
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  「上井とまと」の編集後記
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第7回でした。
前回の『ミツバチ理論』・『戦争』の反省から
一気に書いてみました。
こんどはぎゅうぎゅうしとりますが
まあ結局は
まとめてもぎゅうぎゅうするし
分けてもすっかすかになるし
それならまあ
一気に書き上げたほうが
いいんじゃないかと思ってます。

 

この『オセロ理論』までは
サイトを始める2年前
2002年ぐらいになるのでしょうか
その頃すでに頭にあった話です。
当時はその続きの話も、ぼんやり考えてたようですが
そのメモもありませんし
知る手がかりはありません。
しかし今回、第7回を書いてる途中で
気になるところがありましたので
次回以降も続きます。
『ミツバチ理論』と『オセロ理論』を、かけ算してみた話です。

 
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  次回のテーマ
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次回は、『縦のオセロ理論』です。
テーマは変わるかもしれませんが
相変わらず気ままに空想する予定です。
 
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◎ このコンテンツは特定の宗教などを批判するものではありません。
◎ なるだけ気をつけて書くようにしますが、何かあっても鼻で笑って
  見逃してもらえればと思います。
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  メールで議論とかになると、大変なことになっちゃいますので
  返信できないこともあります。でも、メールは楽しく読んでいます。
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【上井とまと】(うわい・とまと)
1977年3月3日大阪生まれ。奈良在住。2001年から日記(現在の『とまと
日記』)を書いている。2009年『メルマガ オブ ザ イヤー』審査員特別賞。
最近は奈良のラジオで相づちなども打っている。
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編集・発行者とまと
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2013/01/15 更新
【6】 『戦争(2)』【8】 『縦のオセロ理論』
 
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