「とまと」の無意味で根拠のない空想話>第6回 - 戦争(2)
とまとに手紙
 
 
2013/01/11 更新
 
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        「 と ま と 」 の 無 意 味 で 根 拠 の な い 空 想 話


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  無意味で根拠のない空想話・第6回
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『戦争』 (2)

 

どーも。上井とまとです。
『空想話』の第6回。今回は『戦争』(2)です。

 

前回の『戦争』(1)は
『ミツバチ理論』の復習でした。
ミツバチ界では「×」なことが
ミツバチ界の1つ上、1つ外の世界に行くと
「○」と言われることもある。
そういうようなお話でした。
今回はそれの続きです。

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さて、この『ミツバチ理論』は
あらゆる世界に当てはまります。
もちろん人間界でもです。
ミツバチ界では「×」なことが
外では「○」に、なることもある。
人間界では「×」なことが
外では「○」に、なることもある。
なる、ではなく、なることもある。
可能性の話です。

 

さて、そろそろこの辺からは
注意しないといけません。
デリケートなところです。
『空想話』全体のなかで一番怖いところです。
しかしここをカットすると
筋がふにゃっとなってしまうので
気をつけながら進めます。

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人間界では「×」なもの。それは一体なんでしょう。
戦争。殺人。略奪。災害。
挙げればいくらでもあります。
『ミツバチ理論』を当てはめると
戦争は人間界では「×」だけども
上では「○」に、なり得る。
殺人は人間界では「×」だけども
上では「○」に、なり得る。
略奪は人間界では「×」だけども
上では「○」に、なり得る。
と、怖い話になってきます。

 

話をわかりやすくするため
戦争だけに絞りましょう。
戦争は人間界では「×」だけども
上では「○」に、なり得る。
『ミツバチ理論』を適用すれば
この現象はあり得ます。

 

ミツバチたちが
「ぼくら納得できません、だってぼくら、ほんとに困ってるんですよ」
と言ってたように
これは了承されません。
もしそれを了承すると
強欲を認めるわけで
ミツバチ界が強欲な奴で
ぐっちゃぐっちゃになるからです。
もしそれを了承すると
人間界は戦争を認めることになるからです。
戦争を肯定すると
多くの不幸が生まれます。
悲しい別れや、悲しむ人を、たくさん生むことになります。
当然、ミツバチや人間は
強欲は「○」かもしれない。
戦争は「○」かもしれない。
「そうかもなあ」とは言いません。
言う必要もありません。
しかし
それらが「○」となる「可能性はある」のです。
あくまでも上の世界では。

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ぼくはこの『空想話』を
今から10年ぐらい前に、ぼんやり思いつきました。
それからサイトを立ち上げるまでに
2年ぐらいかかりました。
それは『オセロ理論』を書くため
どうしても『ミツバチ理論』、そしてこの『戦争』の章は
避けれないとわかったためです。

 

現在、この『空想話』は
おそらく月に10人ほどしか読んでいないサイトです。
しかし規模の話ではなく
こんなものを発信するのはどうなんだろう……と思う訳です。
そこに意味はあるのか、と。
戦争って、ぼくら「×」って言ってるけども
ぼくらが理解できない次元で「○」になるかもしれないよ、と。
この仮定を通るのです。
もちろん根拠はありませんし、すべてはぼくの空想です。
しかしこれは人間界では、絶対「×」な仮定です。
なのでしばらく考えましたし、やめようかとも思いましたが
人間がこの世界、「体育館の世界」について
真剣に考えたいとき
タブーを気にして話していたら
コアにはたどり着けません。
いや。たどり着く必要はないですね。
せめて近付きたいと思うものです。
近付きたいも違いますね。
近付きたいという欲求もぼくの中にはありません。
ただ
そっちに向かおうという意識もなく
話を進める、考えるのは
意味がないなと思います。

 

「最後はハッピーエンドにしてください」という条件があるだけで
映画の幅は限られますし
「ここと、ここと、ここと通ってください」と言われたツアーは
テーマもどんどん狭まります。
ここはタブーだから
この仮定は「×」だから
と避けてしまうと
話はコアに向かうでしょうか。
そういう想いで結局ぼくは
踏み込むほうを選びました。

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ちなみに話は戻りますが
戦争は人間界では「×」だけども
上では「○」になり得る話は
戦争は「×」だけども
個体数を制限するから
人間の数を調整するから
「○」と言えることもある、と
そういうことではありません。

 

雰囲気は似ていますし、混同されやすいのですが
個体数うんぬんというのは
人間でも理解できる人間界の話であって
それは言わば
仮に人間界という1枚の平面上で
「×」でもあり「○」でもあるよ、と
戦争は悪いけども、良い面もあるよね、と
そういう話になってきます。

 

『ミツバチ理論』はそうではなく
平面が何枚もあり
下の層では「×」だけども
3枚上では「○」になるよ、と
ミツバチや人間たちは
自分たちも知らないところで
3枚上、4枚上にも影響をおよぼしてるよ
本人たちも知らないところで
そういう仕事をしているよ、と
そういう話をしています。

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最後に補足しておきますと
ぼくは人間界の「×」を好む人ではありません。
テレビで嫌なニュースを見れば
「ん〜〜〜〜〜〜」ともちろん思いますし
マナーの悪い人を見ると
やっぱり「ん〜〜〜〜〜〜」と思います。
もちろん、戦争、犯罪などを肯定する気もありません。

 

第3回『神の領域』で、ぼくはクローン技術について
「もぉ〜〜、やめとき〜よ〜〜〜」という
自分の気持ちを書きました。
「そのうちほんと、怒られるよ」と
自分の気持ちを書きました。
これはぼくの感情です。ぼく個人の希望です。
しかし、このぼくらの世界、ぼくらが立ってるこの世界
外の外の外の外の外まで広がるこの世界
体育館の話をするとき
個人の感情・希望などは消すべきかなと思っています。

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感情・希望を仮定に入れると
そこから続く宇宙の話、体育館についての話は
個人の希望に近付きます。
別にそれでもいいんですが
「ぼくは、宇宙はこういうものであってほしい
 体育館はこういうものであってほしい」
という願望は
議論として意味があるの??と思いますので
時として自分を2つに分けるべきだと思っています。

 

2つの自分。
個人としての感情や希望を持っている自分と
感情や希望を抜いた客観的な自分です。
「客観的な自分」というのは
100%そうなる訳ではありませんが
まあ感情を少し抜いた自分、という感じでしょうか。

 

クローンのところでぼくはそれをやりました。
クローン技術は「○」か「×」か。
ぼくの感情では「×」です。
もうさー、やめときーよーー、です。
しかし感情部分を抜いて、人間たちを眺めてみると
まあ、そりゃあ、やるやろなーー、と
「×」が「○」に変わります。
心の底から「よっしゃ、マル!」と思う訳ではないのですが
手術とか、ワクチンとか、そこを「○」にした時点で
クローンとかも必然的に「○」やわなー、という作業。

 

この作業をところどころで挟まないと
この『空想話』自体が
ただの希望になってしまって
あんまり意味がない空想になるよなー、と思っています。

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戦争も同じです。
誰でもそうだと思いますが
人間界で「×」とされる戦争や殺人などを
「○」とは誰も言いません。
ぼくもそうです。
戦争は、×。
しかし戦争が
人間界ではなく
外の外の外の次元で「○」と「なり得る」ことはある。
これはぼくの感情としては
「×」と言いたいところですが
『ミツバチ理論』をかんがみると
そうなることもあるかもなあ、と。
これがぼくの感情・希望を抜いたあとの答えです。

 

散々言い訳がましいことを
しつこいぐらい書いたところで
第6回は終わりです。
次回は『オセロ理論』です。

 
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  「上井とまと」の編集後記
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第6回でした。
第4回から
『ミツバチ理論』・『戦争』(1)・『戦争』(2) と続きましたが
これ、冷静に読んでみると
最初の『ミツバチ理論』だけで
じつは完結してるんですね。
8年前、『ミツバチ理論』を書いたときに
もうあとちょっと踏ん張って
書くべきだったと思っています。
ま。しょうがないですが。
次回からは気をつけます。

 
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  次回のテーマ
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次回は、『オセロ理論』です。
テーマは変わるかもしれませんが
相変わらず気ままに空想する予定です。
 
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◎ なるだけ気をつけて書くようにしますが、何かあっても鼻で笑って
  見逃してもらえればと思います。
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【上井とまと】(うわい・とまと)
1977年3月3日大阪生まれ。奈良在住。2001年から日記(現在の『とまと
日記』)を書いている。2009年『メルマガ オブ ザ イヤー』審査員特別賞。
最近は奈良のラジオで相づちなども打っている。
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編集・発行者とまと
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2013/01/11 更新
【5】 『戦争(1)』【7】 『オセロ理論』
 
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