「とまと」の無意味で根拠のない空想話>第1回 - 死ぬことよりも怖いこと
とまとに手紙
 
 
2004/02/18 配信
 
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        「 と ま と 」 の 無 意 味 で 根 拠 の な い 空 想 話


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  無意味で根拠のない空想話・創刊号
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『死ぬことよりも怖いこと』

 

当たり前な話ですが
ぼくは「死ぬ」のが怖いです。
いつもはあんまり考えないけど
いつかは死ぬんやーー。と思うと
ほんとにほんとに悲しくなります。

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初めて「死」を意識したのは
小学校の3年生か4年のときで
そのときはちょうど風邪をひいて
一日家で寝ておりました。
仕事から帰ったおかんが
熱計ったり、おかゆ作ったりしてるときに
「あ〜そうか〜。今はぼくが風邪ひいてるけど
 死ぬのはこの人のほうが早いんやな〜」
と、ふと思ったのです。
そしたら自然と、涙がポロポロ出てきたのでした。

 

息子がいきなり涙を流して
おかんはかなりびびってましたが
「あんた、なに泣いてんの!? 」
とか言われても
「おかんもそのうち死ぬんやなあ」
なんて言えるはずもなく
ただただ涙がポロポロポロポロ。

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そんなことがあって、しばらくは
毎日学校に通いながらも
「あ〜〜。この先生も友達もみんな
 みんなみんな死ぬんやなあ。
 あの芸能人もあのアイドルも
 みんな死んでしまうんやなあ。
 織田信長もエジプトの王様も
 死からは逃げれんかったんやなあ」
というようなことを考えては
どうしようかと落ち込んでました。

 

「どうしようか」と考えてみても
今まで「死ななかった人」なんていないわけで
どうすることも出来ないわけです。
そんな絶望的な事実にショックを受けながら
「こりゃあとんでもない世界に放り込まれたなあ」
と思っていました。

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今はその頃に比べたら
恐怖もマシになってるのですが
それは「死が怖くなくなった」からではなくて
それよりももっと
怖いものが出来たからです。

 

ぼくは輪廻転生だとか、そのへんのことは
あんまり詳しく知らないけども
なんとなく
「死んだらまた次があるんだろな〜」とは思ってます。
(たぶんそう考えたほうが生きやすいからだと思いますけど)
でも「次」って言ったって
いつまで「次」があるかはわからない。

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例えば、みんながそれぞれ
「1000回だけ生きてもいいよ」
って言われてたとしたら
今の人生は3回目かもしれないし
それこそ1000回目かもしれない。

 

「もしこれが1000回目やったら……」って思うと
これはもう死ぬ以上に怖い。
「どうしよう!最後の人生どうしよう!」ってなる。
1000回目でなく998回目でも
「やばい!あと何回?2回?3回?
 今のも入れて3回しかないの!? 」って思うと
もう気が狂いそうになる。
500回目でも
「わー!もう半分終わったああ!」って思ってしまう。
ぼくの中で、これは夏休みの感覚と全く同じで
「あー!もう8月25日!」みたいな感じですね。

 

この
「人生が終わる!」という怖さ(悲しさ)と
「1000回目の人生が終わる!」という怖さ(悲しさ)は
基本的には全く同じで
1つの人生が「日曜日」なら
1000回セットが「夏休み」なんだと思います。

 

だからぼくが
「死んで人生が終わること」よりも
「1000回目の人生が終わること」のほうが怖い、というのは
「日曜日が終わるのは悲しいけど
 夏休みはまだ20日あるから
 まあそれに比べたら………ねえ?
 それよりあと20日が、あと10日、あと3日
 って減っていって
 いつか夏休みが終わるほうが悲しいよね」
という感じで
結局はどっちも同じなんだと思います。

 

「終わる」のが怖い、みたいな。

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そんなぼくですが
「死ぬこと」よりも
「1000回目の人生が終わること」よりも
もっともっと怖いことがあって
それは
「みなさ〜ん。人生は1000回だけですよ〜。
 はい。あなたは200回目ね。あなたは920回目ね」
という世界、そのものがなくなってしまうこと。
これがめちゃめちゃ怖いです。

 

ぼくの中で「生」とか「死」とかを考えるとき
いつもイメージしてしまうのは「でっかい体育館」で
その体育館には、もちろん大きな舞台があって
その舞台がいわゆる「生の世界」になっておるのです。
(めちゃめちゃ安易なイメージですが)

 

で、まあ舞台の上では
はっちゃけてる人もいれば、のんびりしてる人もいれば
いろんな人や生き物がいて
舞台の下では
これから舞台にあがる人の列と
一仕事終えた人の列が
ダラダラダラと続いていると。

 

出番を待ってる人の列では
そこを管理してる人が
「はい。あなたの200回目はクジラ」
「あなたの580回目は草」
とか言ってて
逆のほうでも
「ご苦労さん」とか言いながら
カードにハンコを押していると。

体育館というか、お遊戯会?

この「体育館の世界」が、体育館ごと
「ドッカーーーーン!!!」
って爆発したり
「…………………シュッ」
って消えたりするときが
いつか来るんじゃないかと。思うのです。
これが
とんでもなく怖いです

 

今まで当たり前だと思ってたことが
いきなりなくなると困りますが
これだけはほんとめちゃめちゃ困る。
年功序列が崩壊したり
年金制度が破綻するより
「1000回人生の世界」そのものが
いきなり消えたら………こんなに怖いことはない。
しかも
「あの〜〜すいません。
 1000回生きるっていう世界がなくなりまして〜」
とか言う人もろとも、すべてすべて消えるところが
どうしようもなく怖い。
消えたら一体、どうなるんだろう。

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この「体育館がなくなること」に比べたら
「死ぬこと」とか
「1000回人生が終わること」とかは
まだマシかな?と思えてきます。

 

もし仮に
「あなた今回500回目の人生だけど
 今度ね、この体育館、なくなっちゃうのよ。
 でね。ひとつだけ方法があって
 あなたが残りの500回を放棄したら……放棄したらね
 この体育館は続いていくんだけど………」
って言われたら
「ええ〜〜〜〜!? まじっすか〜〜!?
 それって他の人じゃ駄目なんですか〜!? 」
って言いながらも
ほんと放棄するのは嫌だけど
最後は絶対に
「まあわかりましたよ。
 じゃあこれからも体育館よろしくお願いします」
って言うと思う。

 

(まあ「ぼくの500回人生」で
 「体育館」が救える状況ってありえないけど)

値切ってるとこ
 

それくらいになぜかぼくは
体育館を存続させたいと思ってしまう。
体育館の大切さに比べたら
ぼくの1000回人生なんて
そんなに大切とは思わないし
ましてやちょっと死ぬことなんて
大したことじゃないような気がする。
(まあ「気がする」だけですけどね。
 やっぱめちゃめちゃ怖いですよ)

 

ただ実際には
体育館もいつかなくなるときが来ると思うし
体育館を存続させるために
ぼくらが出来ることなんて
なにひとつないと思うのですよ。
そんな絶望的な状況が
個人的にはちょっと心地いいというか
ぼくらが置かれているあまりに無力な立場が
なんだか気持ちよかったりもするんですけど。どうなんでしょう。

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ちなみに、ぼくの友達は
「永遠に続く」「終わりがない」
という状況のほうが怖いらしく
例えば、1000回人生が
1000回と限定されてなくて
ずーーーーっと続いていくものだったり
宇宙が永遠に消えることなく
ずーーーーっと存続していくほうが
「気持ち悪い」と言ってました。
「ちゃんと終わりがあるほうがいい」と。

 

ぼくとしては、それはまさに
「終わりのない夏休み!」みたいな感じで
もうそれ!最高じゃねえか!と思うんですけど
でもまあわからなくもないですね。

 
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  「とまと」の編集後記
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えー。第1回書いてみましたが
なんだかよくわかんないですね。
結論がないからでしょうか。
ぼくとしてはだいたいイメージ通りなんですけど
まあテーマがテーマだけに
これは仕方がないですね。

 

ぼくとしては「答え」とか「正解」とか
そんなことはどうでもいいと思ってるんで
とりあえずはこれからも
支離滅裂に思うままにやっていこうと思います。
そんな感じですが、どうぞよろしくお願いします。

 
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  次回のテーマ
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次回のテーマは、『人類が滅びること』です。
テーマはひょっとしたら変わるかもしれませんが
相変わらず気ままに空想する予定です。
 
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2004/02/18 配信
【2】 『ぼくらが存在する理由・宇宙が存在する理由』
 
「とまと」の無意味で根拠のない空想話>第1回 - 死ぬことよりも怖いこと
とまとに手紙